沼田の歴史、絶景グルメ!
投稿者 : J2100093 杉本拓未
投稿日 : 2025/02/28
こんにちは。読み書きラボ3期生の杉本です。 昨年3月に、沼田市を取材した際の活動記録を掲載させていただきます。 # 沼田城趾  渋川駅から沼田駅に降り立ったわたしたちをはじめに迎え入れたのは、沼田のシンボルでもある沼田城趾だった。迎え入れた、という表現より、待ち受けていた、という表現の方が正しいかもしれない。沼田駅から沼田城趾まで、Googleマップでは徒歩10分、これが罠である。なんと、沼田駅から河岸段丘を望む沼田の市街地までは、80mの高低差があるのだ。 こうして急勾配をよじ登るようにして歩くわたしたちだが、ふと振り返ると、駅を降りてすぐに見かけた紳士服店の広告看板がずっと遠くあることに気がつく。 「わたしたち、あそこからここまで登ってきたんだ…」  そうして、ひと山乗り越えて辿り着いた沼田城趾だが、近くのテニスコートでは子供たちが遊び、目の前には駄菓子屋がのんびりと営業していた。この場所で土地を争われていたことが嘘であるかのように、のほほんとした空間だった。 それもそのはずで、沼田城は1682年に取り壊され、その後建てられた屋形も明治になって取り壊された。現在は土地内に小学校も設置され、本丸は”沼田公園”として残されている。当時から残っているのは本丸堀と檜台、石垣のみである。 しかし、それでも沼田城がそこに存在したことは、わたしにも確かに感じることができた。 そのひとつには、沼田市の努力が挙げられるだろう。近くの観光案内所には当時の沼田城を復元したレプリカが飾られており、散策しながら当時の面影を頭に浮かべることができた。  さらに、沼田城を語る上では欠かせない重要なアイテムが公園内に設置されている。そのひとつが、「平八石」である。「平八石」は、摩利支天の再来とも言われた勇将である沼田景義にまつわる歴史的記念物である。景義は利権争いの末に父の異母兄である朝憲を殺害し逃亡した末、最後は騙され殺されるという、波乱万丈な生涯を送っている。そんな景義の首級が実際に載せられたのがこの「平八石」である。  そのほかにも、実際に沼田町で使用されていた鐘楼が、公園の中でも一際目を引く存在感で立派に鎮座している。 歴史を辿るだけでも当時の空気に心を浸すことができるが、わたしが沼田城趾の中で最も目を引いたのが、それこそ”沼田城趾から眺める沼田と、沼田の河岸段丘の景色”だった。その理由は、歴史資料館で得た知見とともに後述することにしよう。  # 河岸段丘カフェ おなかが空いたわたしたちは、予定を早めて今回の3つ目の目的地である河岸段丘カフェに向かった。元々今回は杉本ひとりで沼田へ調査に赴く予定だったが、河岸段丘カフェに行きたいという要望が山田さんからあったため、2人で沼田へ向かったのだ。 国道沿いのこのカフェは、名前に「河岸段丘」を冠するだけあって眺望はまさに最高だった。沼田城趾からは子持山を眺めることができたが、市街地から少し外れたこの場所からは赤城山をくっきりと眺めることができた。左の岩肌が透けて見える山が黒檜山である。  もちろん店内からも河岸段丘を眺めることができる河岸段丘カフェであるが、2023年にオープンしたこともあり内装が綺麗で、何より料理が非常においしかった。自家製パイをはじめとしたスイーツが自慢のカフェだが、ランチメニューも充実している。 わたしが頂いたのは「上州牛・パイ包み煮込みハンバーグステーキ」である。ハンバーグにパイ…?と最初は脳内にはてなマークが浮かんだが、実際に食すとパイ生地とハンバーグの調和に驚いた。サクサクの生地と上州牛のジューシーさは全くミスマッチではなく、口の中でふたつが合わさることで肉汁をパイ生地が吸い、より濃厚な味わいを堪能することができた。ぜひともまた頂きたい一品である。  # 生どら焼き・笛木屋 河岸段丘カフェの隣の「生どら焼き」という立て看板に惹かれ、次は笛木屋に立ち寄った。これには理由があり、先日みなかみへ調査に赴いた際に、名物の生どら焼きを食べる時間が無いままに閉店の時間を迎えてしまったのだ。そのため沼田で本場みなかみの生どら焼きを食べられるとなって、飛びつくように店へ入っていった。 わたしが頂いたのは冬季限定の「雪どら」である。その場では持ち帰り、この取材の翌日に頂いたのだが、バイトの疲れや日々の憂いが一瞬でなくなってしまうほどの感動だった。どら焼きの中には生クリームと数種のフルーツが入っており、ひとくち食べるだけで口の中に幸福があふれる、そんな瞬間だった。  # 花みつばち館 河岸段丘カフェでお腹を満たしたあと、デザートとしてわたしたちが向かったのは、そこから歩いて10分ほどの花みつばち館である。先ほどの観光案内所で見つけた「はちみつがけミルクソフト」に惹かれ、まんまと蜜に集まっていったのだ。  店舗では世界中のはちみつが販売されており、20種類ものはちみつを試飲することができた。そして、なんとソフトクリームにかける蜂蜜もこの中から選ぶことができるのだ。ミルクソフトの中にもはちみつが入っているのに、さらにはちみつをかけることができる、とっても贅沢!わたしは1番人気の高級アカシヤはちみつをかけていただいた。濃厚なはちみつと冷たいソフトクリームが混ざり合い、口の中は幸せで溢れていた。甘ければ甘いほどしあわせ。  # 沼田市歴史資料館 わたしたちが最後に赴いた場所であり、当初の2つ目の目的地は沼田市歴史資料館である。常設展示として沼田の原始時代から現代までの歴史を貴重な資料とともに見学できる、沼田のすべてが詰まったような場所であった。 もちろん、戦国時代は熾烈な争いが行われた沼田城の歴史が丁寧に解説されている。沼田城は甲信越と北関東を結ぶ要衝であり、南へ進みたい上杉家としてはなんとしても守りたい城だっただろう。その中で、後北条氏・武田氏・真田氏らで何度も争われることになった。 そして、先ほど「わたしが沼田城趾の中で最も目を引いたのが、それこそ””だった。」と述べた理由をお話したい。歴史資料館には観光案内所よりさらに大きな、沼田市全体のパノラマが設置されていたのだが、このパノラマには河岸段丘の高低差をうまく利用して沼田城を建てたことがはっきりとわかる。沼田城は、四方のうち2つが崖となっており、攻め入るには正面から突撃するしか無かったのである。  写真は群馬県博物館連絡協議会HPより引用(https://www.gunpaku.com/museum/76) これこそが、先ほど「沼田城趾から眺める沼田と、沼田の河岸段丘の景色」に目を奪われた理由である。沼田特有の自然を利用して侵攻不能な城が建てられた、その場所が残っていることは、城が今も残っていることよりも深い歴史と趣を感じられた。沼田の河岸段丘はその眺望とともに、沼田を語る上では欠かせない戦国時代の歴史を孕んでいた。 最後に、展示の内容でおもしろかったものをひとつ紹介させていただく。1924年に上越線とともに開通した沼田駅であるが、沼田駅の位置に違和感はないだろうか?市街地からは離れており、沼田駅を利用する人間はみな、急勾配を上り下りすることを余儀なくされる。 なぜ沼田駅が高地に建てられなかったのか、その理由はシンプルで「費用が足りなかった」とのこと。 しかし、わたしは河岸段丘によりつくられた高低差こそが沼田を沼田たらしめるものであると、今回の調査で感じることができた。市街地までの登山も、その絶景を眺めるためであればへっちゃらである。